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大阪地方裁判所 昭和54年(タ)253号 判決 1980年8月25日

原告

上仲美紀

右訴訟代理人

寺沢達夫

被告

バスコ・ダニロ・エム

主文

原告と被告とを離婚する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

一  原告は、「原告と被告を離婚する。原・被告間の子麻希(昭和四八年九月二二日生)の親権者を被告と定める。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、その請求の原因として

(一)  原告は、昭和四六年頃、音楽バンドグループの一員として日本に在留していた被告と知り合つて同棲し、妊娠するに及んで同人との結婚を決意し、昭和四八年八月一〇日原告の本籍地である田辺市の戸籍役場に被告との婚姻届を提出して正式に婚姻した。

(二)  そして、原告は昭和四八年九月二二日原・被告間の長女麻希を出産したのであるが、被告は、昭和五〇年一月初め頃長女を連れて本国フィリピンに帰国し、その後原告に対し生活費も送つて来ない。

(三)  被告の右行為は、原告を悪意で遺棄したものというべきであるから、原告は被告との離婚を求めると共に、長女麻希については、被告が同女をフィリピンに連れ帰つているので、被告をその親権者に指定することを求める。

もつとも、本件離婚請求の準拠法であるフィリピン共和国法においては、離婚は制度として認めていないが、本件の如く、妻たる原告は日本人であり、かつ原・被告間が日本で婚姻し、夫婦としての生活も日本で送り、その後被告が原告を日本に遺棄し、現在においては被告も原告との離婚に同意しているような場合にフィリピン共和国法を適用して離婚を認めないとするのは、著しく公序良俗に反することになるので、離婚を認める日本民法の規定を適用すべきである。

と述べ、立証として<証拠>を提出した。

二  被告は本件各口頭弁論期日に出頭しないが、その陳述したとみなすべき当部平田書記官宛昭和五五年四月三〇日付書面には、「原・被告は昭和四八年八月一〇日婚姻し、同年九月二二日原・被告間の長女麻希が出生した。その後、被告は昭和四九年頃麻希を連れてフィリピンに帰国し、昭和五〇年単身再来日し原告と再び同居したが、うまく行かず、原・被告間で今後互いに干渉しないこと及び麻希は被告が引き取ることなどを合意して別れた。」旨の記載がある。

三  当裁判所は職権で原告本人を尋問した。

理由

本件は、わが国に住所を有する原告が、フィリピン共和国々籍を有し、最後の居所が香港である被告に対し離婚を求めるものであつて、かかる離婚請求事件についてわが国の裁判権を行使するためには、国際条理上、原則として被告の住所又は居所がわが国内にあることを必要とするものと解すべきである。しかし、本件においては、被告の現在の住居所が不明であることは記録上明らかであり、後に認定するように、原・被告はわが国で知り合つて婚姻し、婚姻生活は専ら日本で送られており、被告は原告を日本に遺棄したものであつて、原・被告の婚姻からその破綻に至るまでの出来事はわが国において展開したものであり、これに関わる重要な証人も多くはわが国に居住しているものと考えられる。このような事情の下で、国際裁判管轄権の前記原則に固執することは、原告の訴訟による離婚を著しく困難ならしめ、却つて私法的渉外生活における正義と公平の観念に背反する結果を招来することとなるから、本件における右の事情は前記原則の例外を認めるべき特別の事情に該るものというべきであつて、本件訴訟はわが国の裁判管轄権に属するものと解するのが相当である。

なお、人事訴訟手続法第一条第一項によれば、離婚訴訟は夫婦が共通の住所を有したことがないときは、夫又は妻が普通裁判籍を有する地の地方裁判所の管轄に専属するものであるところ、本件においては、記録を精査しても原・被告が本邦において共通の住所(単なる同棲の場所ではない)を有したことを認めるに足りず、原告が現在東大阪市の肩書住所地に普通裁判籍となる住所を有するのであるから、本件訴訟は同市を管轄する当裁判所に専属するものというべきである。

そして、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正に成立したと推定すべき<証拠>を総合すると、原告主張の請求原因事実(一)(二)の外、被告は昭和四九年麻希を連れてフィリピンに帰国し、昭和五〇年単身再来日して原告と二カ月位同居した後別居し、昭和五四年に原告の母親宛に手紙が来るまで音信がなく、生活費も現在まで全く送金されていないこと、被告も原告との離婚を決意していること、が認められ、この認定に反する証拠はない。

ところで、本件離婚の準拠法は、法例第一六条によると夫である被告の本国法であるフィリピン共和国の法律によるべきところ、同国法は離婚に関する規定を欠き、また法例第二九条による反致をも認めないものと解される。しかしながら、右認定事実によれば、本件は妻である原告が日本の国籍を有して日本に居住しており、原・被告は日本で知り合つて婚姻し、婚姻生活は専ら日本で送られており、被告が原告を日本に遺棄したのであつて、このような場合にもあえて夫の本国法を適用して原告の離婚請求を認めないこととするのは、原告と実質上つながりのない夫の本国法により原告を単に名目のみの婚姻という絆で永久に拘束し、その幸福追求の自由を不当に奪い去ることに帰し、わが国における私法的渉外生活を律する正義公平の理念にもとり、公序良俗に反するものというべきである。従つて、本件においては、法例第三〇条によりフィリピン共和国法の適用を排斥し、法廷地法たるわが民法を準拠法とすべきものと解する。

そして、前認定の事実によると、被告の所為はわが民法第七七〇条第一項第二号所定の離婚事由に該当することは明らかである。

なお、右認定事実によると、原・被告間の子である麻希は、未だ成年に達しないけれども、原・被告の婚姻成立の日から四四日後に出生したものであつて、わが民法七七二条による被告の子としての推定を受けないし、かつ<証拠>によると、麻希は原告の非嫡出子として届出られていることが認められるから、麻希は、法律上当然に原告の単独親権に服するものというほかはなく、原・被告の離婚に際し、裁判所がその親権者を定める余地はないものというべきである。

よつて、原告の本訴離婚請求は理由があるからこれを正当として認容し、<中略>主文の通り判決する。

(中川臣朗 大串修 河村潤治)

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